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名古屋高等裁判所 平成元年(う)83号 判決 1989年10月23日

本籍

韓国(忠清南道禮山郡吾可面佐方里二一二番地)

住居

名古屋市守山区永森町三六三番地

会社役員

大西正一こと 李龍洙

一九三一年二月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、名古屋地方裁判所が平成元年二月一七日言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官森統一出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人竹下重人、同天野一武及び同湯木邦男が連名で作成した控訴趣意書、「控訴趣意書の補充・訂正」と題する書面及び「控訴趣意書の補充訂正(第二回)」と題する書面に記載されているとおりである(ただし、当審第二回公判期日における主任弁護人の釈明参照。)から、これらを引用する。

第一控訴趣意中、事実誤認の主張について

一  主張の要旨

原判示第一、第二の各事実につき

1  被告人は、(1)原判決記載の旭工機株式会社(以下「旭工機」という。)と別紙物件目録(一)記載の土地・建物(以下「本件工場」という。)につき賃料を月額一五〇万円とする賃貸借契約を締結したことはあるが、その後右賃料を、工場建物分が月額四八〇万円、工場敷地分が月額一九六万九五〇〇円、駐車場分が月額四一万五五〇〇円もしくは月額一三万円となるように増額したことはなく、また、(2)別紙物件目録(二)記載の土地(以下「本件宅地」という。)を原判決記載のサクラ工業株式会社(以下「サクラ工業」という。)に取得価額と同額で売却したことはあるが、本件宅地を社団法人実践倫理宏正会(以下「実践倫理」という。)に取得価額を超えた売却価額で売却したことはなく、したがって、本件工場の賃貸借契約により昭和五八年と昭和五九年とに右月額一五〇万円の割合で計算した額を超える賃料収入(不動産所得)を得たり、昭和五九年に本件宅地売買により売却益(短期譲渡所得)を上げるに由なく、被告人の昭和五八年分と昭和五九年分との実際所得金額は別表のとおりであったのに、原判決は、「被告人と旭工機との間の本件工場の賃貸借契約にかかわる賃料が、その工場建物分については月額四八〇万円、工場敷地分については月額一九六万九五〇〇円、駐車場分については月額四一万五五〇〇円(のち月額一三万円)であり、被告人は本件宅地を実践倫理に直接売却した」と認定した結果、昭和五八年分と昭和五九年分との不動産所得や短期譲渡所得につき、同じく別表のように、これらを過大に認定したうえ、右認定にかかわる所得額を前提に所得税額やほ脱額を算定しており、

2  昭和五八年分の不動産所得中、旭工機の賃料増額分については、被告人に脱税の故意がなく、また、昭和五九年分の確定申告において、旭工機からの賃料収入金額を三〇〇〇万円と記載し、それから控除されるべきものとして架空の支払利息七二〇万円を記載したのは、昭和五九年一二月にした昭和五八年の修正申告において税務署員によって是認された先例に従っただけであり、かつ、本件宅地の売買についてはそのような節税方法が許されると信じていたのであり、脱税の故意はなかったのに、原判決は、原判示の不動産所得全額及び短期譲渡所得について所得税免税の故意を認めており、以上の点で原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

二  当裁判所の判断

1  不動産所得について

(一) 記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原審で取り調べられた関係各証拠によれば、以下の事実が認められ、所論に沿い、右認定に抵触する被告人の原審及び当審公判定での各供述は信用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠は見当たらない。すなわち、

(1) 旭工機は、被告人が昭和五五年一二月に設立し、その代表取締役として自ら経営に当たってきたいわゆる同族会社である。

(2) 旭工機は、昭和五七年一一月、その工場を愛知県尾張旭市内から同県春日井市内に移転させたが、その際、被告人から被告人所有の本件工場を賃借することとした。

(3) しかし、その賃料については、最初、本件工場のうちの建物の増築あるいは新設が終了していなかったこと等の理由もあって、被告人と旭工機との間に明確な取り決めはなかったが、被告人は、昭和五八年二月ころ、旭工機の経理事務担当者である小林辰生に対し、右建物につき月額一五〇万円として暫定的に帳簿処理をするように指示した。

(4) 旭工機の決算期である同年四月ころに至って、被告人は、右小林に対して、昭和五七年一一月に遡って、本件工場のうち建物分を月額四八〇万円、敷地分及び駐車場分をそれぞれ月額一九六万九五〇〇円(坪当たり月額一五〇〇円)及び月額四一万五五〇〇円(坪当たり月額一五〇〇円)として帳簿処理をするように指示し、ここにおいて被告人、旭工機間で本件工場の賃料が確定した。

(5) もっとも、被告人は、昭和六〇年二月、本件工場の賃料を、旭工機関係の被告人の昭和五九年分不動産所得が年額三〇〇〇万円になるように減額した。

(二) そして、以上の事実関係に基づき、原審で取り調べられた関係各証拠を総合勘案すれば、被告人の昭和五八年分と昭和五九年分との不動産所得金額が原判決の認定額のとおりであることは明白であり、所論に沿い、以上の認定判断に抵触する被告人の原審及び当審公判廷における各供述は信用できず、他に右認定判断を動かすに足りる証拠は見当たらない。この判断は当審における事実取調べの結果によっても動かされない。

(三) 所論にかんがみ補足して説明するに、所論は、被告人と旭工機との間で賃料増額の契約書が取り交わされたり、あるいは被告人が旭工機に対し、増額分の賃料の支払を請求し、もしくは受領したという事実が存しないことを強調する。

確かに、原審で取り調べられた関係各証拠中には被告人と旭工機との間で賃料増額の契約書が取り交わされたことを窺わせるに足りる証拠は存しない(もっとも、小林は、検察官に対する昭和六二年八月三一日付供述調書中で、賃料増額の契約書ではなく、賃貸借契約書を作成した旨供述している。)ものの、これは、前認定のように、被告人と旭工機との間でもともと本件工場につき賃料を月額一五〇万円とするような合意が成立していなかったのであるから当然のことであり、右各証拠、特に、小林の検察官に対する昭和六三年一月一九日付及び同年二月一二日付各供述調書並びに被告人の検察官に対する同月一三日付供述調書によれば、被告人は、現に、右小林に対して前記(4)の指示をしたのち、昭和五九年三月末ころと同年一二月中旬ころとの二回にわたり、旭工機から未払賃料に充てるため額面五〇〇〇万円と額面二九〇〇万円との小切手を受け取ったことが明らかである。

この点に関し、弁護人は先ず、「昭和五九年三月に被告人が受領した五〇〇〇万円は溶接棒代金である。小林は『被告人の指示で五〇〇〇万円を昭和五八年五月以降の賃料に充当した。』と述べているが、当時昭和五七年一一月以降の賃料が未払いであったから、もし被告人が小林に対し五〇〇〇万円を賃料に充当するよう指示したのであれば、当然昭和五七年一一月以降の賃料に充当するよう指示したはずであり、この点で小林の右供述は信用できない。」旨主張する。しかし、小林は、右充当の理由を前記検察官に対する昭和六三年一月一九日付供述調書で「本来なら昭和五七年一一月からの賃料の未払金を精算すべきであるが、五〇〇〇万円ではそれまでの未払金がすべてなくなるわけではないから、とりあえず当年度分である昭和五八年五月から昭和五九年三月までの未払金を精算することとした。」と述べており、右小林の述べる理由も、右精算に関するメモの存在や被告人の捜査段階での供述に照らして、十分納得するに足りるというべきである。

また、弁護人は、「小林は検察官に対して『二九〇〇万円の支払いに関するメモを被告人に示して被告人の了解を得ていた。』と述べているが、この供述は、小林が当審公判廷で、当初あたかも毎年順次記入作成していたかの如く述べていたのを、最後には昭和五九年暮れころ全文作成したかの如く供述を変えたことに照らして信用できない。」旨主張する。そして小林は、前記検察官に対する昭和六三年二月一二日付供述調書中で「被告人から旭工機に賃貸している賃料がいくらあるか一目でわかるように明細を作ってくれと言われて、ノートに賃料の未払金残高を記載するようにしていたが、昭和五九年一一月被告人から二九〇〇万円を請求された際、このノートを被告人に見せて、右賃料の未払に充当することの了解を得て、同年一二月一二日付で経理処理をした。」旨供述していたところ、当審公判廷における小林の証言中には弁護人の主張に沿うかの如き供述をしている部分もある。しかし、右供述部分は、弁護人から右ノートに各月毎に記入された数字の筆跡が相互に類似していることや小林の丸印の押捺位置が納得できないことを指摘されたため、記憶に混乱を来たした末の供述と考えられ、にわかに信用できず、更に、小林に対する証人尋問において弁護人が指摘した数字の筆跡の類似性や押捺された丸印の位置の点も、未だ小林の検察官に対する右供述の信用性を左右するに至らない。

2  短期譲渡所得について

記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、原審で取り調べられた関係各証拠によれば、原判決の認定判示のとおり、本件宅地は被告人が直接実践倫理に代金七七四六万九〇〇〇円で売却したのであるが、それに対して課せられる税金を免れるべく、本件宅地は被告人から清算会社であるサクラ工業に売却されたような形式を整えただけであることが優に認められ、所論に沿い、右認定に抵触する被告人の原審公判廷での供述は信用できず、他に右認定を動かすに足りる証拠は見当たらないし、当審における事実取調べの結果によっても右認定は左右されない。

この点についても、所論は、サクラ工業は清算事務の遂行上多額の資金を必要としていたから、資金捻出のために単発的に有利な物件を取得し、これを転売するということも許される行為であり、反面、被告人が自己の財産を処分するに当たって、自己が負担する税負担が少なくなるよう配慮するのはむしろ当然のことであって、それとともに清算法人の清算事務を促進することができると考えて、本件宅地をサクラ工業に売却し、更にサクラ工業が実践倫理へ転売するのを斡旋したことはむしろ合理的な配慮であった旨主張する。

なるほど、被告人は、原審公判廷において、「サクラ工業はサクラ鍍金に約六〇〇〇万円ないし七〇〇〇万円の負債があり、また約二四〇〇万円ほどの退職金債務も負っていたから、これらの支払資金を得させるため本件宅地の所有権をサクラ工業に移転した。」旨右主張に沿う供述をするのみならず、実質上本件宅地が被告人から実践倫理に譲渡されたことを認めていた捜査段階でも、「サクラ工業の従業員に支払うべき退職金二五〇〇万円の資金を作るためにサクラ工業を経由して売却した。」旨右主張に沿うかの如き供述をしている。

しかし、本件宅地売却代金の使途は原判決が適正に認定しているとおりであり、右代金がサクラ工業の清算のために使用された証跡は一切ないこと(因みに、被告人も、捜査段階で、「退職金債務については民事訴訟が提起され和解が成立したけれども、昭和六一年一月当時も未払いのままであった。」と述べている。)に照らせば、被告人の前記各供述は信用できず、他に右主張を裏付ける証拠も見いだせないから、右主張も採用するに由ない。

3  脱税の故意について

原審で取り調べられた関係各証拠、殊に被告人の捜査段階での供述によれば、被告人が原判示の各所得税確定申告書を提出した時点において、被告人は右各申告書には不動産所得や短期譲渡所得等について過少の税額を記載した部分があることを認識していたこと、すなわち被告人に所得税を免れることの故意の存したことは、優にこれを肯認できる。この点について、被告人は、当審公判廷において「昭和五九年一〇月ころ所轄税務署による税務調査を受けるまでは右不動産所得に関する帳簿上の記載を知らなかった」旨供述するが、この供述は被告人の捜査段階での供述に照らして全く信用できず、他に右認定に反する証拠は見当たらず、当審における事実取調べの結果によっても右認定は左右されない。

なお、所論にいう昭和五九年分の支払い利息七二〇万円が全く架空のものであり、これが経費として控除の対象となるものではないことは、原審で取り調べられた各証拠で明らかであり、当審における事実取調べの結果によっても、右の認定判断は動かされないところ、所論にいうような先例の有無にかかわらず、右架空の支払い利息が経費として控除の対象となり得ないことは納税者として当然考えておくべきことがらであるから、右先例によって脱税の故意が影響を受けることはないといわざるを得ない。

4  結び

以上のとおりであって、原判決に事実誤認のかどはなく、論旨は理由がない。

第二控訴趣意中、法令解釈・適用の誤りの主張について

一  主張の要旨

原判示第一、第二の犯行について、仮に、被告人と旭工機との間に本件工場につき、賃料を、建物分が月額四八〇万円、敷地分が月額一九六万九五〇〇円、駐車場分が四一万五五〇〇円もしくは月額一三万円となるような賃貸借契約が締結されたとしても、本件工場の適正賃料は月額一五〇万円であるところ、法人税法二二条四項によれば、法人における収益、原価、費用、損失の額は「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って、計算されるものとする」のであるから、法人の支払う地代、家賃の額も一般に公正妥当なものでなければならない。法人の計上した地代、家賃等の額が著しく高額であって一般に公正妥当と認められる基準に適合しない場合には、その金額が現実に支払われていても、その法人にとってその過大部分は損金性を持たないものとされる。したがって、反面において、このような地代、家賃を受領する者においても、右過大部分は所得税法三六条にいう「収入すべき金額」に当たらないというべきであるから、これが右「収入すべき金額」に当たるとした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令解釈・適用の誤りがある、というのである。

二  当裁判所の判断

所得税法三六条一項にいう「収入すべき金額」については、その収入の起因となった行為が違法であるかどうかを問わないと解するのが租税実務であり、この租税実務の見解は是認できるところ、仮に、本件工場の適正賃料が月額一五〇万円であり、被告人と旭工機との間で、本件工場につき、賃料を、建物分が月額四八〇万円、敷地分が月額一九六万九五〇〇円、駐車場分が四一万五五〇〇円もしくは月額一三万円となるように定めることが所論指摘の法人税法二二条四項の趣旨に悖るとしても、昭和五八年分と昭和五九年分との不動産所得の金額計算の際、本件工場につき、原判示の賃料を前提に「収入すべき金額」を計算した原判決には所論の法令解釈・適用の誤りは存しない。

もっとも、法人税法一三二条は、税務署長は同族会社の行為又は計算につき、これを容認した場合には法人税の負担を不当に減少させる結果となると認められるものがあるときは、これを否認し、税務署長の認めるところにより、その法人にかかわる法人税の額等を計算できる旨を規定するから、かかる否認計算が行われた場合には、当該同族会社と取引行為をした個人の所得税額の算出に当たっても、「収入すべき金額」の解釈に影響を及ぼすことが考えられないわけではない。そして、被告人と同条所定の同族会社たる旭工機(このことは前認定のとおり)との間では、本件工場の賃料は、旭工機の法人税負担を回避する目的もあって、原判示のように定められたことが原審で取り調べられた各証拠により窺われるけれども、右各証拠や当審における事実取調べの結果によれば、税務署長が、旭工機の法人税申告につき、その行為や計算を否認し、法人税の額等を計算したことのないことが認められるから、前記判断は何ら左右されない。

論旨は理由がない。

第三控訴趣意中、量刑不当の主張について

所論は、要するに、原判決の量刑が重きに過ぎて不当である、というのである。

所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに、本件は被告人が、昭和五九年と昭和六〇年との両年にわたり、いずれも虚偽過少の所得税確定申告書を提出して、昭和五八年分と昭和五九年分との所得税の一部を免れたという事案であるが、本件各犯行の罪質、動機、態様及び結果等、特に、右免脱額は合計で八四〇〇万円余に上ること、被告人は、昭和五九年一一月ころから同年一二月ころにかけて、昭和五七年分や昭和五八年分の各所得について所轄税務署の税務調査を受け、右両年分の各所得について申告漏れが指摘され、かつ、それを契機として修正申告をしたにかかわらず、昭和五九年分の所得税確定申告においても、敢えて収入の一部を除外するなどの方法により本件第二の犯行に及んだもので、脱税の犯意は強固で悪質であることなどの事情を考慮すると、被告人の刑責は決して軽く見ることはできない。それ故、被告人は三〇年以上にわたって建設業を営み、韓国籍の事業家として社会に貢献してきたこと、被告人には、同種前科はもとより、この二〇年来前科・処罰歴が見当たらないことなど所論指摘の諸事情を十分斟酌しても、被告人を懲役一年六月及び罰金三〇〇〇万円に処し、懲役刑については三年間その刑の執行を猶予した原判決の量刑はまことに相当であって、これが不当に重いとは到底いえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本卓 裁判官 油田弘佑 裁判官 片山俊雄)

(別紙)

物件目録(一)

(1) 愛知県春日井市庄名町字山之田一〇一二番

山林 三三七一平方メートル

(2) 同所一〇一二番四

山林 九六二平方メートル

(3) 愛知県春日井市藤山台七丁目二番二

宅地 八八三・四〇平方メートル

(4) 愛知県春日井市庄名町字山之田一〇一二番地、一〇一二番地四所在

家屋番号 一〇一二番

鉄骨造スレート葺二階建工場倉庫

床面積一階 一三四五・三六平方メートル

二階 一〇九〇・九八平方メートル

(付属建物)

<1> 鉄骨造スレート葺二階事務所

床面積一階 九八・七〇平方メートル

二階 九八・七〇平方メートル

<2> 鉄骨造スレート葺平屋建工場

床面積 四四五・三八平方メートル

<3> 木造亜鉛メッキ鋼板葺平屋建便所

床面積 七・二九平方メートル

物件目録(二)

名古屋市西区押切二丁目六〇二番三

宅地 三〇一・二九平方メートル

(別表)

所得金額対比表

<省略>

平成元年(う)第八三号

○ 控訴趣意書

所得税法違反被告事件

被告人 大西正一こと

李龍洙

平成元年五月二日

弁護人 竹下重人

同 湯木邦男

同 天野一武

名古屋高等裁判所刑事第一部 御中

右被告人に対する頭書被告事件につき、弁護人の控訴の趣意は次のとおりである。

第一点 所得金額の誤認

一、被告人の各公訴年分の各種所得の金額について、被告人のした確定申告額、原判決認定額、被告人主張に係る実際所得金額は、別紙(一)所得金額対比表記載のとおりである。

すなわち、原判決は、昭和五八年分において不動産所得の金額を、六五、九三六、〇〇〇円過大に認定し、昭和五九年分において不動産所得の金額を一二、〇〇〇、〇〇〇円、短期譲渡所得の金額を三二、七七一、八八九円それぞれ過大に認定した点において事実を誤認したものである。

二、右の誤認が生じたのは、次のような経緯に因るものである。

(一)被告人が春日井市庄名町字山之内一〇一二番地に所有する

土地(工場敷地および駐車場) 約一五九〇坪

工場二棟 建坪約五〇〇坪 (延坪 八五〇坪)

事務所二棟 建坪約 四〇坪 (延坪 八〇坪)

トイレ一棟

旭工機株式会社(代表者は被告人、以下旭工機という)に昭和五七年一一月以降賃貸しており、敷金一億円を預り、賃料を月額一五〇万円と定めたが、旭工機の工場移転直後で資金繰が楽ではなかったので、現実にはこれを受領せず、旭工機の経理では未払金としておいた。

したがって、昭和五八年中に、被告人が旭工機から受けとるべき賃料の額は一八〇〇万円であり、昭和五九年中にも、賃料改定の協議はされなかったので、同年中に被告人が、旭工機から受取るべき賃料も一八〇〇万円であった。

右資料の額は、被告人が、土地の時価、建物の建築費、敷金の額等を考慮して決定したものであって、適正な金額であった。(検乙、一〇、てん末書)

(二)しかるに旭工機の帳簿上では、右土地、建物の賃貸人を大西正夫(被告人の実父)、亀山勘一(被告人の妻の実弟)等に書き換え、昭和五八年一月一日から同年一二月末日までの間の賃料の計算根拠を

建物月額 四八〇万円 年間五七、六〇〇、〇〇〇円

建物敷地月額 一九六万九五〇〇円 年間二三、六三四、〇〇〇円

駐車場 一~ 四月月額 四一万五五〇〇円

小計 一、六六二、〇〇〇円

五~一二月月額 一三万円

小計 一、〇四〇、〇〇〇円

合計 八三、九三六、〇〇〇円と

同社の経理担当者小林辰生が国税局査察官および検察官に対して、右はすべて、被告人の指示に従って処理したものであって、事実のとおりであると強弁した。

(三)さらに、右小林は、旭工機が昭和五九年三月三一日に被告人に支払った五〇〇〇万円にも被告人の指示により、未払賃料の内払いとして支払われたものであると説明した。(検甲四三、検調)

(四)検察官は右の事実を主張し、原判決は、これをそのまま認容した。

(五)昭和五九年分については、被告人のした確定申告書において旭工機からの賃料収入は年間三〇〇〇万円と記載されていた。(検甲 確定申告書)

(六)しかしながら、右小林辰生の各調書(大蔵事務官の質問てん末書、検面調書を含む。)の信用性は極めて薄弱である。

ア、同人は、旭工機の賃料の支払について、被告人不知の間に、しかも賃貸人の名を変更して多額の賃料を計上していたことが、昭和五九年秋に開始された名古屋東税務署による被告人の所得税調査の際に発覚し、被告人に迷惑をかけたため、昭和六〇年一月に解雇され、さらに被告人において旭工機の経理内容を精査したところ、昭和五八年一月から昭和五九年一二月までの間に、同社の売上金の集金小切手を抜きとるとか、架空の支払項目を起票して小切手を振り出すなどの手口で三一回、金額にして一八一〇万円余を横領していたことが判明し、被告人によって告訴された。その横領の事実の一部(金額一〇三八万円余)について公訴を提起され、懲役刑に服した。

イ、検察官は、小林の出所を待って、同人を尋問し(検甲四三-四六)その見込みに沿った供述を整理した。しかもその時期になって、被告人と小林とが接触することを避けるため、被告人を逮捕し、健康上の理由や、会社経営についての心配のため保釈を希望している被告人にも小林の供述に合わせるような供述を求め、保釈に際しては、小林とのいかなる方法による接触も禁止する措置をとった。このことは、小林の供述が崩れやすいものであることを検察官もわかっていたからであろう。

ウ、しかも、旭工機の被告人に対する賃料について、小林は、昭和五八年二月二八日に四か月の六〇〇万円を、また同年三月三一日には賃料一か月分一五〇万円を未払に計上せよという被告人の指示に背いて、当座勘定から支払ったように振替伝票を起こしていたのである。(検甲四三、検調)

同人の業務上横領被告事件の捜査記録によれば、その頃同人は、買掛金の支払金額を過大に起票して予め、その後の横領の枠すなわち銀行の当座勘定の銀行における現在高と、旭工機の元帳上の残額との開差の額を作っておいて、あらゆる機会に横領をしようと考えていたのであって、その点を本件の捜査において追及されることを避けるために、帳簿上の賃料の不当な経理について、ひたすら検察官の意を迎えた供述に徹したものとみられる。

エ、被告人は、小林に対して、前記のような賃料の増額を指示したこともなく、小林が、供述するような増額後の契約書を作成したこともない。

(七)原判決は、被告人が、旭工機の昭和五八年四月期および昭和五九年四月期の決算書に小林の供述に沿うような記載があり、その決算に基づく法人税申告書の一枚目に被告人が代表者として署名、押印していることをもって、被告人が、小林のした経理処理を指示し、その内容を知っていたものと推認している。

しかしながら、被告人はその経営に係る各社の経理内容には通じておらず、しかも旭工機の経理課長である小林を全面的に信頼していて、各取引についての起票は任せ放しであり、元帳や、銀行の勘定の出入り(集金した手形、小切手等と銀行勘定との照合表)でさえ検認を省略していた程である。(六三、七、二六、小林の供述調書)

法人税の確定申告書は、秋田税理士が作成するが、被告人は税理士から簡単な説明をうけて署名、押印しただけであって、その付属書類の内容は理解していなかった。(六三、六、二三被告人供述調書)

右の帳簿上の捜査を、被告人が覚知したのは昭和五九年秋であった。この点については、なお、後述する。

(八)旭工機の帳簿には高額の賃借料を記載する契機について、被告人の調書は全く触れておらず、小林辰生の調書に「暫定的に月額一五〇万円としたが、最終的には四月の決算の結果を見て決定するつもりのようであった」(六二、八、三一付)「昭和五八年四月に被告人の指示により高額の賃借料を記載した」(六二、八、三一付及び六三、一、一九付)との趣旨の調書があるが、他方、小林は当公判廷において、

「試算の結果、旭工機の法人税額が四〇〇〇万円を超えることが明らかとなったが、右法人税を支払う資金がなかったことと、会社に力をつけるため旭工機の利益を圧縮するために高額の賃借料を記載した。また、記載された高額の賃料は旭工機の売上げが伸びない限り支払不能の額である」との趣旨の供述をしている。

比較してみると、後者の方がはるかに具体性があり、真実性がある。被告人は小林が業務上横領罪で刑事訴追を受けて以後一度も同人と面接、交信をしていない。また被告人の保釈の条件としても小林との面接、交信を禁止された。このような小林が当公判廷で宣誓のうえ行った供述であって、信用性は高いというべきであるのに対し、前者はこの程度の作文は誰でもできると思われてならない。原判決は小林の当公判廷における供述を、同人の右各調書の信用性を高める証拠として用いているが、そこには当公判廷における供述を誤解している節がある。つまり原判決は「旭工機の利益を圧縮するために真実の賃料を高額にした」と理解しているが、「会社に力をつけるため」とは「会社に内部留保をする」との趣旨であり「真実の賃料」とは、申告だけの操作ではなく、帳簿に計上するという趣旨に理解すべきものである。

(九)仮に右供述のとおり、法人税の納税額を圧縮するために、支払賃料を増額して、それを未払金に計上したのであれば、それは、法人税脱税のための不正行為である。旭工機代表者でもある被告人が、その増額計上された賃料の支払を受けるか、支払いを受ける意思を表明していながら、個人の所得税申告にこれを含めなかったというのであれば、それは所得税脱税の不正行為である。(約定賃料月額一五〇万円については、被告人もこの理を認める。)

しかしながら、前述の増額後の月額七〇〇万円に近い非常識的に高額(後述するとおり、所得税調査をした名古屋東税務署の担当者も、高額にすぎることを認めていた。)な賃料について、被告人は受領の意思を表示していない。

旭工機は、法人税法上の同族会社であるから、旭工機の法人税に関する調査が先行すれば、当然に、その高額部分を同族会社の行為計算否認の対象として損金算入を否認し、その否認部分も未払いであるから「社内留保」として処理し、名宛人の所得税には関連させない、という取扱になるべきものであった。

(一〇)昭和五九年秋に、被告人の所得税について、所轄署である名古屋東税務署の担当者による調査(原判決はこれも査察というが誤りである)があり、主として不動産所得について調査を進めるうちに、旭工機の未払賃料の問題が表面化した。

被告人はこの時になって、初めて、小林の帳簿上の操作により、高額の賃料が、未払金に計上されていることを知り小林を尋問し、遂に解雇した。この調査については、在日朝鮮人商工会名東支部の呉永重の協力を受けた。

担当調査官も、旭工機現場も見分したうえで、前記賃料は高すぎることを認めていた。被告人はそのような高額な賃料を受け取る気はないから、法人税のほうで修正申告をすることを主張したが、国税調査官の通蔽である管轄の違いや、一たん目をつけた獲物は手離さないという徴収吏気質のため被告人の申出は拒否され、右呉永重の熱心な接衝によって、事実上の必要経費を認容してもらうことにより、収入金額は旭工機の記帳額に併せて、修正申告をした。その内容は、

昭和五七年分につき収入金額漏れ 一四、三七〇、〇〇〇円

所得金額漏れ 八、〇七六、二五五円

昭和五八年分につき収入金額漏れ 八三、九三六、〇〇〇円

所得金額漏れ 三五、一六四、八八八円

であった。賃貸物件中建物の取得価額が五五〇〇万円程度(検乙一〇、てん末書)であるから、その減価償却費等を考えても、右の所得金額の認定が甚しく定額であることは明らかである。所得税の担当者が、所得税としての調査終結を焦って、妥協したものとみるべきである。(六三、九、二七呉永重供述、六三、五、二六被告人供述)

(一一)被告人は右の調査およびそれに基づく昭和五七年分、同五八年分の所得税の修正申告によって、右年度分の所得税に関する調査はすべて解決したものと確信した。

昭和五九年分所得税の確定申告にあたっても、右調査において旭工機の帳簿上は賃料は年額三〇〇〇万円位となっていることを知らされ、前年分と同じく、これに従う外はないものと考え、前年分について認められたので、同じく事実に反する支払利息七二〇万円を控除して、確定申告をした。このことは再度の紛争をさけるためであって、旭工機の帳簿額によって賃料の支払を受ける意志を表明したものではない。

(一二)以上のとおり、被告人と旭工機との間の賃料は、約定賃料月額一五〇万円が存在するだけであって、原判決認定のような高額の賃料債権は成立していない。

(一三)昭和五九年三月三一日に被告人が受領した五〇〇〇万円は溶接棒の代金であって、小林が伝票上の操作をしたような賃料ではない。

小林は検面調書(検甲-四三)おいて、右五〇〇〇万円は土地建物等の賃料であり、その内訳を記載したメモを被告人に示したなどと述べこれとほぼ同旨のことを公判廷においても述べているが、これも全く信用できないところである。

つまり、賃料は昭和五七年一一月一日以降支払われていないのであるから、右五〇〇〇万円が賃料であれば、五七年一一月一日以降の分に充当するのが当然であるのに、小林は五八年五月以降の分に充当することを被告人が承諾する筈はない。小林は右メモを被告人に示していないと思われる。ただし小林は、昭和五八年二月ごろに四ケ月分の賃料六〇〇万円、昭和五八年三月末ごろは一五〇万円を横領しているので、五七年一一月一日以降の賃料を充当するような内容のメモを被告人に示すことはできない。しかも仮に被告人が賃料に充当することを承諾するとしても、五月分以降の賃料に充当するような内容のメモを示せば、被告人から前年一一月一日以降の賃料に充当するように申し渡されることは明らかであるから、小林の心境としては、五月分以降に充当する内容のメモを被告人に示すことはできない筈である。

よって、小林が「とりあえず五月分以降の賃料に充当することとして」などと称して右メモを被告人に示したなどは、とうてい信用できないところである。

被告人が五〇〇〇万円の支払を請求したことにつき、小林は、未払賃料を請求されたと述べているが、被告人としては、未払賃料が五〇〇〇万円に達しているとの認識がないので、未払賃料として五〇〇〇万円を支払うよう請求する筈がない。小林の一公判廷における供述では、溶接棒代金の請求を受けたような口振りも見られるところである。

(一四)被告人は個人事業として溶接棒の輸入・販売(売上は旭工機だけ)を営んでいたが、その輸入信用状の決済を大西建設の資金で立替支払をしていたが、建設業の不振で大西建設の資金にも余裕がなくなりかけていたので旭工機の買掛金を支払ってくれるよう、小林に催促していた。

小林は旭工機に金がない(このことは多分に同入の横領が影響していた)ことを理由に旭工機の有する旧旭工機に対する未収金債権(尾張旭市にあった旧旭工機所有の建物からの立退料)の支払をしてくれるよう、旧旭工機の土地・建物の売却代金を管理していた被告人に要求していた。

そこで被告人は右立退料を旭工機に入金し、それによって被告人の溶接棒の代金の内五〇〇〇万円の支払を受けたものであって、賃料として請求・受領したものではない(六三・五・二六被告人供述)。

(一五)被告人が昭和五九年一二月に二九〇〇万円を受領したが、これは未払賃料として受取ったものである。

この時点では、五七年一一月以降二年二月間にわたって月額一五〇万円の賃料が未払であったので、これを受領してもおかしくはない。ただ、右二九〇〇万円を充当する賃料は月額いくらであったかであるが、小林のメモ(検甲-四四添付)にあるように、月額四八〇万円とする未払賃料を承諾して、これに充当したわけではない。被告人が右メモをはじめて見たのは小林を解雇した後の昭和六〇年三月である。これを見た被告人は支払先を大西正夫とする文書については、支払先は被告人であること、月額四八〇万円とする金額及びこれを基礎とする残高も間違っている旨を示すため、赤鉛筆で訂正なり抹消なりをしたのである。

支払先を亀山勘一とする文書についても同様の趣旨で一部抹消をしたのである。

(一六)なお、国税査察官による調査の後半(検乙、九、一〇、一一)になって、被告人が修正申告の基礎となった旭工機の帳簿記載の賃料の額を認めるかのような供述をしたのは、その頃には、旭工機からの賃料については、右の修正申告によって全部解決ずみであるものと確信しており、改めてこの事件の立件がされることは夢想だにしておらず、調査の早期終了を望んでいたので査察官の誘導に従っただけである。

(一七)次に昭和五九年分短期譲渡所得について、

ア、被告人は精算中の法人であるサクラ工業の精算事務もしなければならない立場にあったが、サクラ工業は裁判の結果二、四〇〇万円余りの退職金の支払を命じられていた。

イ、名古屋市西区押切町二丁目の土地については、その隣接地を東京建物の仲介で実践論理宏正会(以下宏正会という)に昭和五六年に売却したことがあり、本件土地も同様に買受希望が示されていたのであるが、当時その土地については紛争が絡んでいて、同時に売却することができなかったのである。(検項五二)

ウ、本件土地の紛争も解決し、そのことを知った東京建物から買受申込があったとき、被告人はこれを自己所有のまま売却して高い税を負担するよりは、赤字会社であるサクラ工業に一たん取得させ、そこから宏正会に売却すれば、節税になりサクラ工業の負債の整理にも有効であると考えて、真実そのような方法をとった。

サクラ工業の買受代金は、被告人が金融機関から借入れて、これをサクラ工業に廻した。

売却代金から直ちにサクラ工業の債務の弁済をしないで、その資金を被告人が借受けて、大西工業の債務の支払や運転資金にあてたりしたため、右の取引の真意を疑われるに至ったものである。

被告人とサクラ工業間の右売買については、厳格に調査されれば、同族会社の行為計算否認規定の適用によってサクラ工業に受贈益、被告人に寄付金の認定をされる危険があったので、どうせ節税策が通用しないのであればどちらが税を負担しても大差ないと考えたので、捜査の終期には、右取引は形式的仮装であるかのような説明をしたものである。(検乙一六)

第二点 犯意についての誤認

一、昭和五八年分の賃料について、旭工機の帳簿に記載されたとおり、増額がされており、その部分が被告人にとって未収であっても、収入すべき金額になる、と仮定しても、被告人が右の帳簿記載の事実を知ったのは昭和五九年秋ごろであり、昭和五八年分所得税の申告期限である昭和五九年三月一五日よりも後である。

したがって、昭和五八年分所得中、旭工機の賃料増額分については、被告人に脱税の犯意に成立しえない。

二、昭和五九年分の確定申告において、旭工機からの賃料収入金額を三、〇〇〇万円と記載し、それから控除されるべきものとして支払利息七二〇万円を記載したのは、昭和五九年一二月にした昭和五八年分の修正申告において所得税務署員によって是認された先例に従っただけであり、また西区押切町二丁目の土地の売買については、そのような節税の方法は許されると信じていたのであり、世間でよく利用されている方法であると信じていたのであって、脱税の犯意はない。

第三点 情状について

一、被告人は、昭和三〇年から建設業を営んでいるが本件に至るまで同種前科はなく、取締法規違反の前科が七件あるがすべて罰金刑であり、既に二〇年前のものである。被告人は、韓国籍というハンディキャップを背負いながら懸命に努力を続けている事業家であり、その事業による社会への貢献も大である。

二、今回の国税局による査察は、見込み違いによって開始され、無理を重ねてまとめ上げた疑いがある。

査察官は調査の初期には「度々投書があったので手を入れた」という趣旨の発言をし、初めは、昭和五六年の西区押切町二丁目の土地の譲渡所得について執拗な調査をし、その取得価額についての被告人の説明に対し「当局の調査したところによれば……貴方の説明とかなり違いますね」と反論したりしていた。

右の土地譲渡による所得について、期間制限等により、更正ができないことになると、溶接棒の輸入と、それの旭工機への売却について調査をはじめ、その際も、「当局の調査によると……」とか、「昭和五七年九月に……契約ができていますが」など、その取引について事前調査がされていたことを窺わせる発言を繰り返していた(検乙一・二)

三、その溶接棒の取引についても何らの不正が発見されなくなってから、被告人が昭和五九年一二月二六日にした昭和五七年・五八年所得税修正申告を対象として、所轄税務署の担当者が所得調査をし、申告指導の結果納税者と調査担当者とが諒解のうえ提出した修正申告を覆すための調査を強行しはじめたのである(検甲九)

四、そして、被告人によって告訴された元従業員が出所するのを待って同人から事情を聴取するに当っては、その者と被告人との連絡を遮断するため、査察開始から二年五ケ月も経った後に被告人を逮捕し、数十日間もその身柄を拘束するという異例の措置を採った。

検察官の右のような措置によって、社会的立場において被告人が受けた打撃は極めて深刻であった。

五、そのような調査の途中で、旭工機において記帳されている賃料の額は高額にすぎるので、法人税の修正申告をしたいという被告人の申出は無視された。

同族会社のする、このような高額な賃料の支払は、法人の所得計算においては否認され、その過大な部分は損金に算入されず、それが各宛人に対して支払われていなければ「役員賞与」の認定はせず、社内留保とされるのが通例である。本件について法人税の調査が先行すればそのように取扱われることは十分に予測されるところであった。そのためであろうか、昭和六〇年八月ごろ旭工機について管轄する小牧税務署の法人税担当から、調査を始める旨の連絡があったのであるが、国税局の査察官はこれを差止めたのである。

六、旭工機は、被告人に支払うべき賃料の額を、約定賃料の額に訂正する即決和解をし、それに基づいて法人税の修正申告をし、それによる増加税額を納付したが、小牧税務署長はその修正申告額を確定申告額にまで減額する更正をし、納付税額を還付した。査察調査の基本方針を固持しようとするものであろう。

七、仮りに、検察官主張のとおり脱税額があったとしても、その合計額は八四三六万円余であって、公訴を提起されるこの種の事案としてはそれほど巨額なものではない。

第四点 結論

以上のとおりであるから、原判決は取り消しのうえ、更に適切な判決がなされるべきである。

別紙(一)

所得金額対比表

一、昭和五八年分(単位円)

<省略>

二、昭和五九年分(単位円)

<省略>

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